紀伊半島の環境保と地域持続性ネットワーク 紀伊・環境保全&持続性研究所(三重県津市)
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 ヒシの繁茂した「ため池」のその後(4)

   −−ヒシを加害する生物−−

  2006年8月にヒシ群落が水面をほとんど覆っていた津市の「ため池」大沢池を見つけ、その後のヒシの推移を観察し、本ホームページに掲載した(ヒシの繁茂  その後(1) その後(2) その後(3))。なお、2007年8月には、津市内の岩田池でも、ヒシがため池をほぼ覆い尽くすほど繁殖しているのを見いだした。

 ため池の水辺でヒシを間近に観察したところ、6月中旬には
ジュンサイハムシの幼虫、蛹、成虫が葉上に高密度で棲息していた。7月中旬になるとジュンサイハムシの幼虫と蛹は減少し、成虫が交尾、食害しているのがよく観察された。写真1はジュンサイハムシの成虫と葉の食痕、写真2はジュンサイハムシ幼虫と蛹、写真3は卵塊である。ジュンサイハムシの成虫と幼虫に葉が食べ尽くされるということはほとんどないが、食痕が多数ついた葉は、輪状に浮かんだ葉のうち、外側の葉に特に多く認められた(写真7)。

 ジュンサイハムシは、7月に多数の成虫が羽化し、成虫が多くの卵塊を産下したにもかかわらず、次世代幼虫の密度は大きく低下し、その後、ずっと高まることはなかった(9月現在)。これは、ため池に食虫性のアメンボ、ナミアメンボなど種々のカメムシ目昆虫が高密度に発生し、特にジュンサイハムシの幼虫に対する捕食は激しいものと考えられる
(写真2)。ちなみに、池面から抽出したイネ科植物の水上の茎に、ジュンサイハムシの老熟幼虫や蛹が多数付着し、蛹の脱皮殻も多数見られた。一方、その周辺のヒシの葉上にはジュンサイハムシの幼虫や蛹がほとんどいなかった。これは水面に浮かんだヒシの葉上はアメンボ類による探索が容易で、ジュンサイハムシの幼虫がその捕食により生育しにくくなったためと考えられる。イネ科植物の水面から高い所は、アメンボ類に探索されにくいと考えられる。

 次に、ジュンサイハムシを観察している途中で、小さなゾウムシの存在に気付いた。このゾウムシの名前は
ヒシチビゾウムシと言い、7月中旬頃からこのゾウムシ成虫の発生が葉上で目立つようになった。写真4はヒシチビゾウムシの成虫、写真5このゾウムシ成虫によるヒシの葉の食痕、写真6ヒシチビゾウムシの幼虫写真7は幼虫によって加害されてたヒシの茎である。ヒシチビゾウムシの幼虫によって内部が食害された茎の浮き袋部分は桃色に変色するので分かる。7月末以降は、大きく生長したヒシの浮き袋はほとんどがヒシチビゾウムシ幼虫に加害されているといった状態であった。

 ジュンサイハムシとヒシチビゾウムシによって加害されると、ヒシの葉の枯死、脱落が早まるが、一方、ヒシは新しい葉を再生させるので、加害と再生との競争が生じ、加害がまさる場所では、ヒシの葉が減少し、小さな葉しかみられない場所が生じる(
写真8)。大沢池で見られるヒシの葉の枯死は、葉の食害だけで生じるのではなく、葉の食害部分の傷やヒシチビゾウムシが茎から羽化脱出する際にできる傷部から腐敗するためとも考えられる。また、ヒシチビゾウムシの幼虫による茎内部の食害が葉の枯死に影響するものと考えられる。

 ヒシを加害する動物として、上記の他に
イネネクイハムシが報告されているが(林、2006)、大沢池では観察されていない。また、アメリカザリガニが多数棲息しているところでは、ハサミで水中のヒシの茎を切断するために、ヒシが減少するという報告がある。大沢池にもアメリカザリガニが棲息していることが確認されているが、「もんどり」を使った調査では、ザリガニの捕獲個体数は少なく、成長した親は捕獲されなかった。ちなみに、津市安濃町にある小古曽池では、2時間ずつ2回「もんどり」を池に入れて調査したところ、それぞれ9匹の真っ赤なアメリカザリガニの親が捕獲されたが、これと比べて大沢池ではアメリカザリガニが低密度であることが分かる。外来生物であるスクミリンゴガイが多くの水辺の植物を食うことが知られているが、ヒシも食害する。

 大型ガン類の
オオヒシクイヒシクイは、冬季に日本に飛来して水中に残ったヒシの実などを食することが知られている。オオヒシクイが琵琶湖付近に飛来し(村上ら、2000)、ヒシクイが木曽川付近に飛来した記録があるが、最近、中勢地方に飛来したという報告は見ていないので、このため池への飛来はあまり期待できない。冬季に来るヒシクイ類以外の食植性のカモ類が、岩田池で水中に潜って植物(主にヒシの茎や根とみられる)を採って食べているのが目撃されるので、これらの水鳥は水中にある植物残存物の消費と分解を促進する役割を果たしていると考えられるが、池の底の翌年の発生源となるヒシの実を多く食することはないと見られる(潜水から上がったときに加えているのは、多くの場合植物残渣のようなものである)。
 

(
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(写真1)
ジュンサイハムシの成虫と、ヒシの葉に付けられた食痕。 
(写真2)
ジュンサイハムシの蛹(黄色)と幼虫(茶褐色〜黒色)。幼虫がアメンボの攻撃を受けて吸汁されている(2007年6月18日撮影)。
(写真3)
ジュンサイハムシが産下した卵塊(2007年7月17日撮影)。

(写真4)
交尾中のジュンサイハムシの後ろに、ヒシチビゾウムシの成虫が見える。サイズを比べると、ヒシチビゾウムシの小さいことが分かる(2007年7月17日撮影)。 
(写真5)
飼育容器内でヒシチビゾウムシによりヒシの葉に付けられた食痕。食痕が小さく、食痕の幅がほぼ同じすじ状で、穴が裏まで貫通していない場合が多い。写真1のジュンサイハムシによる食痕との違いを比べて欲しい。
(写真6)
ヒシチビゾウムシの幼虫が、ヒシの茎の浮き袋になった内部で食害している。食害されている浮き袋の色は桃色に変わる。幼虫を観察するために、浮き袋の壁に穴を開けて見た。中にヒシチビゾウムシの幼虫が見られる(2007年7月30日撮影)。
(写真7)
ヒシチビゾウムシの幼虫が内部に寄生したヒシの茎の浮き袋。寄生された浮き袋の色が桃色に変色している。周辺の葉には、ジュンサイハムシとヒシチビゾウムシによる食痕が多数あるが、中心部の新しく展開した葉には食痕が少ない(2007年8月19日撮影)。
(写真8)
ヒシを加害する昆虫によって葉が枯死し、茎から新しい小さな葉が出ている。水中にヒシの茎が大量に見える(2007年8月31日撮影)。

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